講演会「無戸籍の日本人―民法772条(嫡出の推定)から生じる問題―」(法学部主催)が10月27日、ポートアイランドキャンパスで開催され、元衆議院議員で「民法772条による無戸籍児家族の会」代表の井戸正枝氏が講演しました。同氏は、ご自身のお子さんが無戸籍になられたことをきっかけに、無戸籍児の問題と関わり続け、1000人以上の無戸籍者の相談を受けてこられたご経験をもとに、無戸籍者が生まれる背景や無戸籍者の厳しい現実、なされるべき法改正について講じました。 講演会はまず、「あなたのお父さんは誰ですか?」という学生への問いかけから始まりました。学生からは「僕に似ているからお父さん」との発言があり、それに対して井戸氏は「違います。民法772条に合致しているからお父さんです。つまり、お母さんの結婚相手がお父さんです。」との答えがなされ、民法772条1項が「妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定する」と規定しているとの説明がありました。また、同条2項が結婚の日から「200日を経過した後」または離婚の日から「300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎した者と推定する」と規定しており、この2項の規定により、2002年に再婚した夫との間のこども(離婚後の妊娠という医師の証明あり)の出生届が市役所に受理されずに、「離婚後300日以内に生まれた子ですので、父を前夫の名前にかえて訂正して提出してください」と言われたとのことでした。これは、民法が明治時代の1896年に制定されて、その後DNA鑑定が可能になってからも772条は法改正がなされていないからです。その後井戸氏は家庭裁判所で本人訴訟を起こし、前夫とかかわらずに子の戸籍をとるという初めての判例をつくりました。2007年には、法務省の通達により、離婚後の懐胎という医師の照明があれば、推定を外して前夫ではない子として出生届が出せることになりました。 家庭裁判所には年間3000件の戸籍取得の申請があり、500件が未決なので、それを20年積み重ねれば、少なくとも1万人の無戸籍児がいることになります。一方で、2016年6月10日現在の法務省の発表によると、無戸籍者は702名(うち成人139名)であるが、この中に0-1歳は含まれておらず、かつ8割の自治体が「把握せず」と回答しているので、やはり6000~7000人はいると考えられると述べました。 無戸籍問題の原因の主なものは、民法772条規定によるもの(夫のDVから逃れているため出生届を出さないケースや、離婚後に前夫と交渉したくないため出生届を出さないケース)と、虐待やネグレクトにより出生届が出されないものです。そのほかに、日本の構造的問題として、戦争(樺太、沖縄など)や災害(東日本大震災)による戸籍の消失があり、誰にでも起きうる問題です。 戸籍を得るための手続きは、必ず家庭裁判所への調停・裁判の申し立てが必要です。井戸氏の判例は、子あるいは母が原告となり、実父を被告とする認知訴訟であり、幸せな家庭にわざわざ訴訟をおこすものです。また、多くの無戸籍者は、教育機会がなく就職できないため貧困状態にあり、調停・裁判できる環境にある人ばかりではないので、抜本的な法改正が必要だと述べました。 民法772条2項の規定は、離婚後も女性が一定期間前夫の性的拘束下にある、と国家が定めているということであり、ジェンダー差別が法に内在化されていると講師は指摘します。また、733条1項は女性が離婚後100日たたないと再婚できないが、2項で例外として離婚時に懐胎していない場合と離婚後に出産した場合には、100日を待たずに再婚できると規定しています。実際には再婚しようとする女性の98%は離婚時に懐胎しておらず、原則と例外が反対になっているのに法改正はなされず、ここにもジェンダー差別が法に内在化されています。 最後に講師は、無戸籍者を生まないためには、法の運用や民事局長通達などできることをする、裁判所の対応改善、「家族法」全体の見直しなどをあげ、無戸籍者支援の課題としては、法務局や市町村の無知、弁護士費用の問題、時間とお金を支援にかけられる人がいないことなどをあげました。学生にむけては、法律は覚えるだけではなく、時代とともに変えないといけない部分もあるので、特に例外を規定する第2項をしっかりと読み、変えるところは変えると主張できるようになってほしい、とのメッセージが伝えられました。 160名ほどの学生が熱心に講演に耳を傾け、熱気あふれる講演会でした。
法学部 荒島千鶴